RESEARCH 研究活動

臨床的疑問に基づいた基礎研究
ベッドからベンチへ

基礎生物学的な視点による血液疾患の理解

血液腫瘍学は、基礎医学と臨床医学が密接につながり、様々な分野が融合した学問です。例えば、造血幹細胞や各血液細胞を理解するには発生学(正常造血)の視点が不可欠であり、造血幹細胞移植のメカニズムを理解する上では、再生医学(造血組織の再構築)や腫瘍免疫(ドナーリンパ球による抗腫瘍効果)の視点が重要です。また、造血器腫瘍の病態を理解するためには、染色体・遺伝子異常など分子遺伝学的な視点に加えて、それを機能的に説明するための分子生物学・腫瘍生物学的なアプローチ、さらには、それらを網羅的な視点から理解するゲノミクス的視点が必要です。実際に、血液腫瘍学の実臨床においてもこれらの視点は重要であり、キメラ遺伝子検出、サイトカイン製剤、チロシンキナーゼ阻害剤、そして今日の二重特異性抗体やCAR-T療法にいたるまで、多くの診断技術や治療薬に応用されています。血液腫瘍学は、そのような複数の学問領域の発展と融合によってもたらされたリーディングフィールドであり、当科においても、臨床的疑問を出発点とした基礎研究を多数行っています。

非コード生物学から新たなる展開を目指して - From Non-coding Biology to Early Cancer Intervention -

2003年のヒトゲノムプロジェクトの完了以来、過去20年余りの癌研究は、主にタンパク質をコードする遺伝子異常に主眼が置かれてきました。しかしながら、ヒトゲノムの約98%はタンパク質をコードしていない非コード(non-coding)領域であり、各種の繰り返し配列やレトロランスポゾンなどが存在しています。そこには、エンハンサーなどの遺伝子調節領域や、未だ同定されていない非コードRNAも多数存在しています。また、急性リンパ性白血病などにおいて、非コード領域の異常は新たなエンハンサーの獲得や創出によってがん遺伝子の発現に繋がることが分かっています。癌の分子病態の理解のためには、非コード領域の探索が不可欠です。

オンコジェニックエンハンサーとエンハンサープロファイリング

(TP73遺伝子領域のスーパーエンハンサー)

歴史的に、造血器腫瘍の研究の多くは非コード領域の研究にスタートしています。たとえば、T細胞性受容体や免疫グロブリン領域の再構成に伴って生じる染色体転座は、それらのエンハンサーが癌遺伝子の近傍に転座することにより、癌遺伝子を異常発現させて腫瘍化に働きます。また、非コード領域の変異によって新たなエンハンサーが形成されることもあります。このような“オンコジェニックエンハンサー”を探索することは、腫瘍増殖により直接的に関わるメカニズムを解明できるのではと考えます。

我々のグループでは、造血器腫瘍に対する “エンハンサープロファイリング”を行うことで分子病態の理解を試みてきました。これまでに、T細胞性急性リンパ芽球性白血病や成人T細胞性白血病で、エンハンサープロファイルに基づいて新たに癌責任遺伝子を同定するとともに、エンハンサー活性化と構造異常の関係について報告してきました。例えば、成人T細胞性白血病においては、TP73遺伝子の領域に高度に活性化したエンハンサーが見られます。興味深いことに、同領域にエキソンの欠失が認められ、欠失型のTP73が癌細胞の増殖を促進することを報告しています。TP73エンハンサー領域の高度活性化によるクロマチンの脆弱性がエキソン欠失に繋
がっている可能性もあり、それらがクローン進化の過程で獲得されてきたと考えて
います。さらには、TP73の構造異常が成人T細胞性白血病の予後と相関することを
報告しています。

癌原性転写因子とオンコジェニックプログラミング

(IRF4とNF-kBによる転写調節ネットワーク)

一般に、エンハンサーに結合して転写を活性化する因子は転写因子と呼ばれます。特に造血器腫瘍では他の癌に比べて転写因子の異常が多く認められます。興味深いことに、それらの多くは、正常造血においては特定の系譜や分化段階に特異的に発現しており、“マスター転写因子”として、その細胞を特徴づけるような働きを有しています。そのようなマスター転写因子が異常発現してしまった場合、もとの細胞とは異なるプログラムを導くことによって細胞の内部環境を変化させ、癌化に働くと考えられます。そのような遺伝子発現プログラムを丁寧に読み解くことにより、癌化のメカニズムを解明できるとともに、新たな治療標的の同定へと繋がると考えます。

我々のグループでは、これまでにT細胞性急性リンパ芽球性白血病や成人T細胞性白血病におけるマスター転写因子として、TAL1やIRF4の機能に注目し、それらによって導かれるプログラムを解明してきました。例えば、成人T細胞性白血病
においては、上流シグナル伝達経路分子の遺伝子変異やレトロウイルスHTLV1の
感染によってIRF4が高度に活性化されており、NF-kBとともにフィードフォー
ワードループを形成する形で、白血病細胞の増殖や生存を促進していると考えら
れます。

バイマーカーとしての非コードRNA

興味深いことに、非コード領域には、これまで同定されていない多くの非コードRNAが多数眠っています。それらは、エンハンサーの活性化とも密接に関係しています。エンハンサーと同様に、組織特異的・腫瘍特異的に発現していることが多く、その機能を解明することは正常発生や腫瘍のメカニズムの解明に繋がるとともに、新たな疾患特異的なバイオマーカーとして機能する可能性を秘めています。我々のグループでは、稀な造血器腫瘍における新規非コードの同定を行うとともに、それらの診断マーカーとしての意義について研究しています。

ゼブラフィッシュを用いた新たな白血病・リンパ腫モデルの作成

がんを含むヒトの疾患の理解のために、モデル生物を用いた解析が数多く試みられてきました。それらは疾患モデルとして病態の理解に繋がるほか、遺伝子の機能を解析したり、薬剤の効果を検討するのにも有用です。当科では、ゼブラフィッシュを用いて血液疾患の研究をしています。

ゼブラフィッシュは小型の魚類であり、最小の脊椎動物モデルとして、がんを始めとした疾患研究にもよく用いられています。特に、血液細胞の発生はヒトと共通しているところが多く、これまでに当科ではT細胞性白血病・リンパ腫のモデルを作成しました。これらを遺伝子発現解析やゲノム解析と組み合わせる形で、がん遺伝子の機能解析を行っています。

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